オフィスカノンの会長にして日本が誇るスポーツジャーナリスト
第二回 全米オープンの若武者 石川遼
その歴史は100年を越え、世界ツアーの老舗である全米オープンゴルフ。 難易度は常に世界一であると私は決めている。 今年もそれを裏付けるように優勝スコアはイーブンパー。アンダーで終えた選手は一人もいなかった。
その中にあって十八歳の石川遼は初日から飛ばして思い切りよくチャレンジしていった。 参加日本選手の中では最も上位に来たもののフアンの期待からは逸れてしまった。 日本の賞金王も、海外に渡れば数多のロングヒッターの中に身を潜めてしまうほど、舞台は広い。
18歳、筋力に優れていて肉体は相当鍛えられていても心の中には18歳が宿る。ゴルフ年齢はまだまだこれからの積み重ねを必要とするし、ゴルフは経験とコースマネージメントがものを言うスポーツだ。もっと先を見てやりたい。
今年のテレビ中継でリポーター役を務めた青木功さんは、この全米オープンに準優勝した唯一の日本選手である。いや、世界のメジャーで2位になったただ一人の男である。 今更のごとくその成果を再認識されたフアンも多いことだろう。
1980年、もう30年もの昔、ニュージャージー州のバルタスロルで、あのジャック・ニクラスと四日間を終始争った死闘が今も私のメモリーに鮮明に残る。 放送席のマイクの前で私はゴルフ中継にあるまじき大声で歓喜を伝えていたものだ。 朝の定時番組を突き破ってNHKはゴルフ中継を続けた。思えばゴルフ番組の開花期であった。
インタビューする青木さんの表情は恵比寿顔にほころびながら、孫と言われても良いくらいの若者に、エールを送っていた。 (まだまだこれからだよ)と伝えたかったのだろう。あのとき準優勝の青木功三十八歳。
石川遼十八歳。私はほのぼのと観戦を終えていた。