株式会社オフィスカノン

羽佐間正雄

オフィスカノンの会長にして日本が誇るスポーツジャーナリスト

第一回 私のオリンピックへの旅のはじまり

私の初任地は、今は幻となった山口県の防府放送局(現山口局)である。瀬戸内に秋色漂い始める頃、忘れ得ぬ着任の日は昭和二十九年十月十日。 この日の夕刻、新米アナは旅の疲れなど微塵も覚えずに山陽線の三田尻駅に降り立った。

3ヶ月間の新人養成を終えての第一歩であったが、養成主任の寺内久平さん(街頭録音などの番組を担当。故人)から「いいか 羽佐間、君は本州を西に只一人で向かうことだ。駅には幟りを立てて迎えが来るからな、赴任旅費は三等だが、必ず二等に乗るんだぞ、いいな」。

その時代。JRの前身である国鉄(日本国有鉄道)は座席が一等から三等までの三クラスに分かれていて、一等車は覗いたこともない夢の展望車。二等車が今のグリーンに相当するプレミアムシートである。 「はい、分かりました」現実に三等旅費しか持ち合わせもない新人の身ではあったが、弟子たるもの師には忠実に答えるべし。

もっとも、この時代は新人アナウンサーといえども、新聞紙上に赴任先が掲載されていたくらいだから二等車を、あながち不相応とは言えなかったかも知れない。

見送りの人々で混み合う中に同期生がいたのを発見したが、東北・北海道・四国・九州にやがて赴く彼等に惜別の念、迫るものがあった。その時代、初任地は先ず4年勤務が常識、の上に、さらに全国各地に分散異動を重ねるから、同期の桜が同一局に勤務する例は稀なことだったのだ。

東京駅のプラットホームに向かって窓から「行って参ります」大声と共に列車がゴトンと揺れた。デッキに捉まりながら、スターアナの宮田輝(芸能)さんの笑顔を始め、先輩達が見送る姿に直立、謝意を表しながら、手を振りながら頑張れの声援が伝わって来る。(まるで出征兵士だな)と、つい解釈したのは、終戦時、中学2年生の軍国少年であった名残の表れだろうか。遠く半世紀を越える昔話である。 それにしても、在来線の旅は長い。

「贅沢は敵なり」の教訓に生きてきた身としては、「通路にでも寝て行くぞ」くらいの意欲漲る赴任旅行である。睡魔と駅弁の二人三脚道中、尽きぬものは、やはり赴任地を夢に描きながら、弾む思いの連続絵巻であった。 しかし、東海道からやがて山陽線に変わる列車の旅は、勇む若者に刺激を送り、次第に士気も高まっていたと思う。

中国地方の親局である広島中央放送局にご挨拶をといわれていたので、広島駅に降り立った。

はるけくも下った異郷入りの実感しみ入り、旅情をそそるが、原爆被害を蒙って以来九年を経た広島市は、想像外に復興が進んでいると映った。原爆ドームだけはそのままの姿で悲惨な歴史の様を露呈していて、しばし黙祷を捧げながら、私は神妙であった。4年後この地に勤務するとは未だ、つゆ知らぬ身の神妙さであったのだ。

さて、その夜は多分局前の極安診療所に泊められたと思うが、さだかな記憶はない。
明くれば、青空に安芸の陽まばゆく、いよいよ列車の旅の終幕に入る。

(そろそろかかるか)内心にあった胸算用。県境を越えたところで、私はついに二等車に移る。錦帯橋の岩国であった。自前で乗る、いや、何にしても初めて座った格上の座。 渚を洗う穏やかな瀬戸の砂浜を窓外に望みながら、「ミタジリー・ミタジリ!」

あのとき私を迎えてくれたあの響き。生涯忘れ得ぬあのアナウンス。今は駅名変わって、三田尻から山陽線防府駅になっている。 プラットホームに降り立つ私「あれ!迎えは?」と拍子抜け。誰もいないホームから跨線橋を渡って改札口へ、すると迎えの衆がそこで待っていた。(なんだ、こりゃ二等車から降りた姿なんて、誰も見てないぞ)しまった。三等車でよかったのだと、新人シミッタレ。これが山口県三田尻市に住まう新人アナ己に囁く産声であった。

昭和29年10月10日(日曜日)

迎えは盛大とは言えなかったし、幟を持つ人もいなかったが、10人ほどの温もりの出迎えに喜びこみ上げていたものだ。 生を受けてより、初めて独り立ちした長い旅が鮮明ではないが、今も甦る。 と、この日を記すために、長々と全段を綴った次第で十月十日は私にとって点を線で結ぶ我がマイク人生の原点になるのである。

思いもよらず三田尻駅頭に立ち、民家と見間違えるような平屋建ての防府放送局への着任。あの日から十年を経て、私はオリンピック東京大会実況アナの末席に加わることになる。神宮の杜に聖火が燃え盛り、歓声とマーチが国立競技場を包んだ開会式、昭和三十九年秋。私の五輪第一声は奇しくも新人として第一歩を記したあの日と同じ十月十日であった。

一筋に進む道は以後十一回のオリンピック(夏・冬)中継に連なった。そのすべての原点があの二つの十月十日にあったと私はタイムトンネルを潜る事になる。そして毎年この日を迎えると思いは新たに、数々の道が甦るのである。